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かもん(家紋)
縄文時代~平安時代
縄文時代から文様は土器などに刻み付けられていたが、奈良時代には服や装飾品に役職に合わせて文様をつけるようになった。
平安時代頃になると遣唐使廃止(894)に伴って文様の仏教色が薄くなり、植物や身近な動物などの優美なものへと変化していった。貴族達は自分の位を示す文様(有職文様)をつけて自分の地位を誇示する以外に、調度品の装飾に自分好みの文様を用いるようにもなった。また牛車に自分の文様をつけて他の牛車と区別することもあった。
初めは装飾が目的で使われていた文様であったが、子孫へと代々受け継がれるようになると、文様と家の結びつきは次第に強くなってゆき、家のシンボルとなっていったのである。
最終編集日:2011/09/27
平安末期~鎌倉時代
室町時代(戦国時代も含む)
江戸時代
関が原の戦い(1600)を経て戦乱の時代は終結し、江戸時代が始まった。世が平穏になると戦う必要がなくなった武士達は必然的にサラリーマン化し、家紋はご先祖様の武勲を表すものとして大事にされるようになった。特に徳川家は天皇からの紋の下賜を断り、そのかわり葵紋を独占して葵紋の権威を高めた(配下に桐紋と菊紋をどんどん与えた豊臣秀吉とは対照的)。
さらに、生産業者や商人、歌舞伎役者などが家紋を使うようになり、遊び心溢れる家紋が増えていった。
逆に天皇家や公家は幕府のせいで権威が失墜してしまい、禁令を出しても無断で菊紋が薬屋に使われたり、鳳凰紋が遊女の着物に使われたりして散々な目にあっている。
最終編集日:2011/09/25



